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zoom RSS インドネシア独立と日本

<<   作成日時 : 2009/08/17 17:53   >>

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本日 8月17日は、大東亜戦争の敗戦直後に、約350年間に及ぶ、
オランダによる奴隷・植民地支配に終止符を打つべく、
インドネシアがオランダへ独立宣言をした日だ。


独立宣言:

「我らインドネシア人民は、ここにインドネシアの独立を宣言する。
権力及びその他の委譲に関する事柄は、完全且つ出来るだけ迅速に行われる。」

ジャカルタ、皇紀2605年(1945年) 8月17日
インドネシア人民の名において
スカルノ - ハッタ



この後、インドネシア人による独立戦争が始まる。
そして、1949年12月27日、インドネシアはオランダから独立承認を得て、
インドネシア連邦共和国となり、さらに連邦構成国がインドネシア共和国に合流し、
1950年8月15日、単一のインドネシア共和国が発足した。

興味深いのは、インドネシア独立記念日には、日本の軍歌で行進し、
男女2人と日本軍の格好をした兵士の3人で、国旗を掲揚する儀式があることだ。


当時、インドネシアの独立に関与した人々の貴重な証言を貼付しておく。



インドネシアの侍
[敗戦後の日本兵はインドネシア独立戦争に、2,000名が参加、1,000名が戦死]
http://www.youtube.com/watch?v=GcXTY5BkOTY



独立アジアの光(インドネシア編)
[欧米のアジア植民地支配の歴史]
http://www.youtube.com/watch?v=_PwbHPaGWLw



インドネシア独立戦争 [日本精神は一番]
http://www.youtube.com/watch?v=HPWS4h3WmI4



インドネシア独立記念パレード [日本軍歌の合唱]
http://www.youtube.com/watch?v=ElAoXeGmj2k



Indonesia Raja [当時の映像]
http://www.youtube.com/watch?v=Y6yBAAsLRqA




インドネシア人たちの名言集:

モハメッド・ナチール(インドネシア元首相)
「アジアの希望は植民地体制の粉砕でした。大東亜戦争は私たちアジア人の
戦争を日本が代表して敢行したものです。」

ブン・トモ元情報相
「日本軍が米・蘭・仏を我々の面前で徹底的に打ちのめしてくれた。我々は白人の弱体と醜態ぶりをみてアジア人全部が自信をもち、独立は近いと知った。一度持った自信は決して崩壊しない。そもそも大東亜戦争は我々の戦争であり、我々がやらねばならなかった。そして実は我々の力でやりたかった。」(昭和32年の来日の際の発言、出典不明)

「我々アジア・アフリカの有色民族は、ヨーロッパ人に対して何度となく独立戦争を試みたが、全部失敗した。インドネシアの場合は、三百五十年間も失敗が続いた。それなのに、日本軍が米・英・蘭・仏を我々の面前で徹底的に打ちのめしてくれた。我々は白人の弱体と醜態ぶりをみて、アジア人全部が自信をもち、独立は近いと知った。一度持った自信は決して崩壊しない。日本が敗北したとき、”これからの独立は自力で遂行しなければならない。独力でやれば五十年はかかる”と思っていたが、独立は意外にも早く勝ち取ることができた。」(名越二荒之助『世界から見た大東亜戦争』展転社)

アリフィン・ベイ(ナショナル大学日本研究センター所長・政治学博士)
「 日本に占領された国々にとって、第二次世界大戦とは、ある面では日本の軍事的南進という形をとり、他面では近代化した日本の精神的、技術的面との出会いであった。日本が戦争に負けて日本の軍隊が引き上げた後、アジアに残っていたのは外ならぬ日本の精神的、技術的遺産であった。この遺産が第二次大戦後に新しく起こった東南アジアの民族独立運動にとって、どれだけ多くの貢献をしたかを認めなければならない。日本が敗戦国になったとはいえ、その精神的遺産は、アジア諸国に高く評価されているのである。その一つに、東南アジアの教育に与えた影響があげられる。(中略) (日本は)目標達成のためにどれほど必死にやらなければならないかということを我々に教えたのであった。この必死の訓練が、後のインドネシア独立戦争の時に役立ったのである。」(『魂を失った日本』未央社、57-65頁)

アラムシャ陸軍中将(インドネシア大統領特使)
「平成5年7月、インドネシアのアラムシャ陸軍中将は大統領特使として来日しました。その時福田元首相や塩川自治大臣(当時)などと会見し、大東亜戦争について「大東亜戦争が長引いたばかりに労務問題などで、ご迷惑おかけしました。」と述べると「とんでもない。むしろ大東亜戦争を途中でやめたことが残念であったと思ってる。あと5年はやるべきであった。これは私だけの意見ではない。アフリカに行けば、みんなから聞く意見だ。中東に行けばみんなから聞く意見だ。」「どういうことですか?」「なぜアフリカがあんな状態なのか。我々と同じく40数年前に独立すべきであったがそうできなかったからだ。あそこはオランダ人とイギリス人とユダヤ人が握っているから、どうしようもない。もし日本があと5年大東亜戦争を続けていたならば恐らく中東まで進出していただろうから、中東諸国ももっと早く独立できたであろうし、日本軍の大変な勢いがアフリカにも伝わって、アフリカ諸国もインドネシアのようにもっと早く独立できただろう。そうすれば、南アフリカも現在のように苦しまずに済んだはずなのだ」とアラムシャ陸軍中将は語りました。」(中島慎三郎「アラムシャ陸軍中将の大東亜戦争肯定論」『祖国と青年』1994年2月号)

サンパス将軍(東欧大使歴任)
「平成3年、村山首相がASEAN諸国を謝罪して回った時、インドネシアの元復員軍人省長官で東欧大使を歴任したサンバス将軍は「日本の戦争目的は植民地主義の打倒であった。その目的の大半は達成したが、南アフリカ、アジアにまだ残っている。そんな時に行った村山演説は、植民地主義打倒の悲願を放棄したことになる。村山さんは日本の果たしてきた歴史を踏まえ、A・A(アジア・アフリカ)の悲願を代表して、まだ残る植民地主義を攻撃すべきであった。かつての日本は、スカルノ、ハッタ、バー・モウ、ラウレル・アキノ、汪兆銘、チャンドラ・ボース等を応援したのに、たった一度の敗戦で大切な目的を忘れてしまったのは遺憾である」となげいていた。」(『(中島慎三郎「アラムシャ陸軍中将の大東亜戦争肯定論」『祖国と青年』1994年2月号)

サンティン(オランダ王国、アムステルダム市長、内務大臣)
「あなた方の日本国は先の大戦で負けて、私共のオランダは勝ったのに大敗をしました。今日の日本国は世界で一、二位を争う経済大国になりました。私達オランダは、その間、屈辱の連続。即ち、勝った筈なのに、貧乏国になってしまいました。戦前は「アジア」に大きな植民地(オランダ領東インド(蘭印)=ほぼ現在のインドネシア)が有り、石油等の資源・産物で、本国は栄耀栄華を極めておりました。しかし今では、日本の九州と同じ広さの本国だけになってしまいました。あなた方の日本国は、「アジア各地で侵略戦争を起こして申し訳ない。アジアの諸民族に大変迷惑をかけた」と、自らを蔑み、ぺこぺこと謝罪していますが、これは間違いです。あなた方こそ、自らの血を流して、アジア民族を解放し、救い出すと言う人類最高の良い事をしたのです。何故ならば、あなた方の国の人々は過去の真実の歴史を目隠しされて、先の大戦の目先の事のみを取り上げ、或いは洗脳されて、悪い事をしたと自分で悪者になっていますが、ここで歴史を振り返って真相を見つめる必要があるでしょう。本当は、私共白色人種が悪いのです。百年も二百年も前から、競って武力で東亜諸民族を征服し、自分の領土として勢力下に置いたのです。植民地・属領にされて、永い間奴隷的に酷使されていた東亜諸民族を解放し、共に繁栄しようと、遠大崇高な理想を掲げて、大東亜共栄権樹立という旗印で立ち上がったのが、貴国日本だったはずでしょう。本当に悪いのは、侵略して権力を振るっていた西欧人の方です。日本は戦いに敗れましたが、東亜の解放は実現しました。即ち、日本軍は戦勝国の全てをアジアから追放して終わったのです。その結果、アジア諸民族は各々独立を達成しました。日本の功績は偉大であり、血を流して戦ったあなた方こそ、最高の功労者です。自分を蔑む事を止めて、堂々と胸を張って、その誇りを取り戻すべきであります。」(1985年日本側傷痍軍人会代表団がオランダを訪問した時行われた市長主催の親善パーティの歓迎挨拶、(財)日本国防協会理事の浅井啓之氏が1994年3月24日作成)



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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
私のブログにトラックバック頂きインドネシア独立に関わる貴重な情報を知りました。

私の実父が昭和17年から18年12月頃までジャカルタの司令部に駐留しております。

当時、マレーシア バレンバン マニラの司令部で憲兵でした。

当時の消息を尋ね歩いています。

何か情報がありましたらお願い致します。
現在、バリ島滞在中で通信状態が悪く動画がスムーズ見ることが出来なくて残念です。

ibu
ibu
2009/08/18 18:39
ibuさん、
コメント頂き、ありがとうございます。
バリには行った事がありませんので羨ましい限りです。また、お父様の消息が早く分かることをお祈りします。今後、マレーシア、ビルマ、関連の記事も載せますので、よろしくお願いします。
落武者
2009/08/18 18:55



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