歴史は勝者によって作られる

今回も、清水馨八郎著の『侵略の世界史』から、引用してみよう。


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              侵略の世界史 (P57 ~ P59)
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歴史は勝者によって作られる

事実として生起した過去の歴史は一つであっても、ある時間を経過した後世から記述された歴史は、書く者の立場や意図によって様々に変化するのもやむをえないことである。

書かれた歴史は一つではなく、多様であることを知ることが、まず大切である。

同じ物でも、表から見るのと裏から見るのとでは異なるように、右手からと左手から、近くからと遠くから、昼間と夜間とでは、明らかに異なって見える。

マルクス主義者の赤いガラスのメガネで見れば、殺人もウソも粛清もすべて善となって見える。

白人の白塗りのメガネで見れば、インディオ抹殺の赤い血も白く見える。それはキリスト教の神へささげる聖なるイケニエとなって、何の罪の意識も感じなくなるのである。

歴史はダブルスタンダードで見られているのである。このように同じ歴史事象でも、対立する国家間では正邪、善悪が全く相反することがある。

独立国の歴史は、国益中心に自己解釈権があるからである。

たとえばアメリカの初代大統領ワシントンは、米国史の上では最高級の英雄であるが、イギリスの教科書では、英国から植民地を奪った反逆者に位置づけられている。
   
また伊藤博文は四回も首相になった明治の元勲中の元勲だか、韓国の歴史では博文をハルビンで殺したテロリストの安重根を祖国の英雄に祭り上げ、伊藤博文は悪党にされている。

また、百年戦争でフランスを救ったオルレアンの乙女、ジャンヌ・ダルクは、フランスでは救国の英雄なのに、敵国のイギリスでは悪魔の化身、異端であるとして断罪し、火あぶりの刑が当然とされている。


求められる日本人主体の歴史観

昔から戦争では、「勝てば官軍、負ければ賊軍」にされることが当然のように繰り返されてきた。勝ち誇って乗りこんできたマッカーサーは、不当な東京裁判で軍人を戦犯として裁いただけでなく、日本の文化や歴史まで裁してしまった。

マ元帥は、日本去勢化の武器として歴史を歪曲し、傷つけてしまったのである。その東京裁判史観が、その後の日本社会を、青少年の教育を、どれほど深く傷つけたか、はかりしれない。

われわれは、一刻も早くこの作為による「騙し」の歴史観から目覚めなければならない。

今やっと民間から歴史教科書を正す運動や、歪曲された歴史の修正運動か起こってきたのは喜ばしい。同じ運動は、日本歴史だけでなく世界史の分野でも起こらねばならない。

世界史もまた、ヨーロッパ白人中心の西洋至上主義の著しく片寄った歴史観で貫かれているからである。
 
以上、見てきたように、一口に歴史と言っても、なかなか一筋縄でいかない厄介なものである。その歴史観となると国の数だけあり、百人百様である。

だから韓国の歴史認識と日本のそれを一致させることなど、できるはずかない。

それよりもまず、われわれは、謀略的な東京裁判史観を取り払い、次に当然のこととして歴史の主体性を取り戻し、自国の歴史をわれわれの手で書くことが焦眉(しょうび)の急である。



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Link:

原爆より被害甚大な自虐史観 清水馨八郎著『侵略の世界史』
http://ochimusya.at.webry.info/201004/article_17.html

勝者の論理を押しつけられた歴史 清水馨八郎著『侵略の世界史』
http://ochimusya.at.webry.info/201004/article_16.html

マッカーサーの遅すぎた悔恨 清水馨八郎著『侵略の世界史』
http://ochimusya.at.webry.info/200910/article_21.html

捏造された南京大虐殺 清水馨八郎著『侵略の世界史』
http://ochimusya.at.webry.info/200910/article_24.html


 
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