信頼とは「ともに血を流すこと」 Part2
前回の Part1 に引き続き、米国の国際戦略としての同盟国の定義と日米安保のあるべき姿、そしてリアリズム国際政治とはなにか。
国際政治学者いわく、
『リアリズム国際政治学の始祖H・J・モーゲンソーは「国家というものはビリヤードの玉のようなものであって、ある玉に他の玉がぶつかると、弾き飛ばされて別の玉にぶつかっていく」として一国平和主義が幻想であることを指摘し、「小国や普通の国の運命は、覇権国同士の国際的覇権抗争の中で決定されるのが現実だ」と説いている。』
『集団的自衛権の行使もできず、安保同盟を双務性にもできず、海外への戦闘部隊派遣もできず、核武装もしていない妄想平和主義の国なんて、常に飛んできたビリヤードの玉にはじかれる玉でしかない。』
『リアリズム国際政治学の大家でもある歴史学者アーノルド・トインビー(元イギリス外務省情報部長)がそのリアリズム史観から大東亜戦争を「自衛と解放の戦いであり、偉大な功績を残した」と讃えている・・・』
平和ボケの妄想平和主義と自虐史観が日本を蝕み、米中冷戦の最中で消滅する運命に向かって邁進している。
もう日本に残された時間は、限りなく短い。
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『日本人が知らない「二つのアメリカ」の世界戦略』 (P348 ~ P354)
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【米国の国際戦略】
信頼とは「ともに血を流すこと」である
ハドソン研究所主席研究員の日高義樹氏は自著の中で、ブッシユ政権高官が「2003年、韓国の人々は反米主義に凝り固まってしまった。基地に反対し、アメリカを嫌悪している。そのリーダーが盧武鉱だ。韓国はある意味ではアメリカの敵国になった。アメリカは、北朝鮮を韓国に併合させることは認められない」と語ったことを述べておられる。
アメリカにすれば朝鮮戦争で13万人もの死傷者を出しながらも、中朝軍を撃退して韓国を護ったにも関わらず、韓国の現在の反米主義は実に不快きわまるものであろう。
莫大な持ち出しをして朝鮮半島近代化に尽力したのに憎悪の対象にされている日本であれば、このアメリカの心情も理解できる筈だ。
アメリカは韓国から憎まれることは何もしていないが、この異常な反米主義の盛り上がりは、実は中共と北朝鮮が韓国内の様々な反米左翼勢力を支援する工作を行ってきたからである。その実態については後述する。
この米中が朝鮮半島を舞台にパワーゲームを繰り広げるという状況は、まさに日本が朝鮮独立維持のために日清・日露戦争を戦ったごとく、朝鮮半島の存在が常に国際紛争のタネになるという歴史の鉄則を証明している。
日本人が平和ボケの妄想平和主義に浸る中で、歴史は再び繰り返されようとしているのだ。
反米デモと盧武鉱当選という「目に見える光景」により、あたかも韓国民の全てが反米であるかのごときイメージがアメリカ国民の間に定着しており、共和党の世界新秩序の中で韓国は「必要のない国」と位置づけられたのである。
米国防総省では「米朝戦争の際には韓国軍は米軍を攻撃するのではないか」という疑念まで生じてその対策も立案しているぐらいだ。
中朝に踊らされたこの韓国の姿を日本は教訓としなければならない。
さて日本が信頼される同盟国たるには、イラクこそがその踏み絵であった。
すなわち高倉健の映画じゃないけれども「イラクさんには何の恨みもございませんが、これも同盟の義理でございます。堪忍してやっておくんなさい」ということをイラクに伝えて、日本も戦闘部隊を派兵するべきだったのである。
しかし湾岸戦争と同様に、今回も日本は海外の戦闘部隊派兵には踏みきれなかった。まさに「今ぞ国威を示さずば、噫、千載に恥あらん」というタイミングを日本は再び逃してしまったのだ。
湾岸戦争では総戦費450億ドル弱の内、日本は140億ドル(約1兆5000億円)を供出しており、侵略を受けた当事国にして金持ち産油国たるクウェートが135億ドルの供出しかしていないことに鑑みると、日本の戦費負担額は極端に突出していた。
それでも一兵も派遣しなかった為に世界中から軽蔑され、クウェートの感謝公告からも名前をはずされ、あげくにはクウェート国内における日本の国策石油会社アラビア石油の利権を次々と縮小させられるに至っている。
2001年に河野洋平が日本の外相としては23年ぶりにクウェートを訪れたが、クウェート側は首相はおろか外相の面会さえも拒否し、「金だけ出して事足りると済ませた卑怯な国」への軽蔑と嫌悪を露に示した。
今回アメリカから日本の立場が湾岸戦争ほど酷評されなかったのは、常任安保理五力国中の三力国を含む仏独中露がイラク攻撃に反対し、アメリカが孤立化しつつあるところヘ、いち早く日本が支持を表明したからである。
その支持への感謝心と元々存在する日本への好感情から、ブッシュは日本を「過剰評価」しただけであり、日米両軍が肩を並べて戦闘に参加するという共和党の「夢」は実現されなかったのだ。
2003年3月20日のアメリカからの対イラク開戦通知は、日本へは開戦2分前にアーミテージ国務副長官が電話し、韓国へは開戦3時間前にチェイニー副大統領が電話している。
この差は一体何故なのであろうか。ブッシュは反米親中朝の左翼である盧武鉉を嫌っており、盧武鉉もブッシュ嫌いなのだが、韓国は700人の派兵、即ち600人の戦闘部隊(工兵中心)と100人の医療部隊をイラクヘ派兵することを開戦前に決定していたからである。
反米一直線のマルキストである盧武鉉だが、「あまりにも反米をストレートに示しすぎてしまった。
アメリカに北朝鮮攻撃をさせないためにも、イラク派兵で点数をかせいでおかないと、アメリカに対する発言力がなくなる」と焦り派兵を決定していたのだ。
つまりアメリカから北朝鮮を守りたいから派兵を決定した訳であり、アメリカに北朝鮮から守ってほしい日本とは全く逆なのだ。
しかし動機はどうであれ、派兵を決定したという意義が大きいのである。日本はいくら小泉首相が「アメリカの信頼に足る同盟国でありたい」と国会で大見得をきっても、派兵を決定しておらず、それがこの開戦通知の扱いの差となった。
これがシビアな国際的現実であり、日本はアメリカヘの甘えを捨てるべきである。
さて、ここで一つ重要な点を確認しておくが、アメリカが日本のために代わりに血を流したりリスクを負うということは、たとえ共和党政権であっても絶対にありえない。
アメリカの国益と一致するからこそアメリカは血を流すのである。
例えばベトナムに介入したのも南ベトナムのためではなく、共産主義の拡大を阻止することがアメリカの国益であり使命であると判断したからだ。
従って日本がアメリカの国益にとって「必要な同盟国」であるからこそ、「日本への攻撃はアメリカヘの攻撃と見なす」(アーミテージ)という判断を下すのである。
そしてアメリカの国益にとって「最も必要な同盟国」というのは、アメリカの戦争を共に戦う国のことに他ならない。それであるが故に、アメリカもまたその同盟国の戦争を共に戦う。
ハンチントンは中共によるアジア制覇の近未来を見据えた上で「(イラク戦争は)日本が(米国と共に)戦わなければならない戦争なのだ。国内前線などではなく、同じ前線で戦わなくてはならない」と述べた。
つまり日米同盟における最大の問題点は、実に集団的自衛権行使の解釈に他ならない。
米国と軍事同盟を締結しているにも関わらず、「集団的自衛権は有るが行使できない」という禅問答のような解釈は、アメリカにはもとより世界中どこでも一切通用しない。
これは個人に置きかえれば、隣で暴漢に襲われている友人を助ける権利は有っても、実際に助けてはいけないということになる。
公明党は「解釈変更は不要」(太田幹事長代行)、民主党はさらに愚劣にも「行使してはならないと明確にすべき」(岡田克也)と述べているが、日本ではまだこんなバーチャル・パシフイズムの世界に生きている馬鹿が政界の要所に座っている。
こんな身勝手な主張が通用する筈がないことに、もうそろそろ日本人全員が気付かねばならない時期ではないだろうか。
ブッシュの「日米はアメリカとイギリスのような関係に近づくべきだ」という発言は、すなわち「日本よ、ともに血を流せる国になってくれ」ということなのである。
米ワシントンーポスト紙のB・ウッドワードはその著書で、イラク攻撃前の2003年3月9日にブッシュが英ブレア首相に「英軍は直接戦争には参加せずに平和維持活動だけでも構わない」と伝えたことに対し、ブレアが「それはありえない。参戦すると確約した。最後まであなたについていく」と答えたことを明かしている。
これが本当の信頼関係を築くということだ。
日本では無知な反米論者が「ブレアはブッシュの言いなり」などと言っているが、参戦はブレア政権崩壊のリスクが高いとも予想されており、僅かばかりの石油利権のおこぼれを得るためにブレアが「誇り高き大英帝国」をブッシュの下僕にしたりはしない。
そこにあるのは同盟国としての信義である。
つまり日本も小泉首相の言うような「信頼に足る同盟国」になるならば、戦死者を出す可能性を覚悟して、その上で強固な国軍を堂々とイラクヘ戦闘派兵するべきだったのである。
小泉首相のイラク戦争における米国支持については、日本の世論アンケートでは大多数がこれを支持したが、その一方で自衛隊の戦闘部隊派遣については九割近くが反対していた。
つまり「北朝鮮が怖いからイラク戦争支持は仕方ない。支持すると口で言うだけならタダだ。しかし戦争に自衛隊を派遣すると戦死者が出るから反対。日本人が血を流すのは嫌だ」という考え方を反映したアンケート結果である。
こんな身勝手な卑怯な考え方が世界で通用すると思っている日本人がまだまだ多数を占めることに、私は心から危惧を感じる。
アメリカでは一部の知識人を除き米国民の大多数は、日米安保条約が片務性ではなく双務性のものであると思いこんでいる。片務性の安保条約など存在しないというのが普通の感覚だからである。
事実、米英安保は言うまでもなく米韓安保条約も米比安保条約も双務性であり、もしアメリカが第三国から攻撃された場合は米国側に立って参戦すると規定されている。
つまり日米安保だけが世界でも非常に稀な特殊なものなのだ。
普通のアメリカ人の感覚からすれば、日本を守るためにアメリカ人が一方的に血を流すことなど、アメリカ世論は絶対に受け入れない。それは立場を入れ替えて、日本人に「アメリカを守るために戦って血を流せ」と言ってもその気になれないことと同じである。
安保同盟とは双務性があるからこそ機能するものなのだ。日本人はまだそれを分かっていない。
近年中にほぼ確実に起こる北朝鮮有事の際に、もし日米安保がまだ片務性のままで、弱腰の首相が「集団的自 衛権の行使はできない」と主張し、米軍が戦っている後方で自衛隊が指をくわえているような事態になれば、日米安保は100%破棄される。
だからこそ共和党政権は「北朝鮮有事までに自立した国軍を保有し、早く集団的自衛権を行使できる体制をつくってくれ」と日本に強く望んでいる。
もし朝鮮有事の際に、日本が北朝鮮との正面交戦を拒み、米軍の交戦する影にかくれて後方支援だの補給だの戦費負担だのを行うだけといった背信的対応を行ってしまえば、いくら「強い日本」を望む共和党でも選挙がある以上は、日本の卑怯な姿に怒り狂うアメリカ世論には逆らえない。
そのような状況になれば米民主党は「待ってました」とばかりに中共の意に沿って日米安保破棄を主張するであろう。
つまり日米同盟は確実に破綻する。
日本は中共の軍事覇権の前にただ呆然と立ちつくし、貧乏国に転落した日本を尻目に中共がアジアをその経済覇権下に置き、そして日本の主権は完全に中共の制圧下に収められ、アジアのその状態は最低でも半世紀は続くかもしれない。
また朝鮮有事の当事国としての日本の振る舞いが卑怯で臆病に写れば、英豪を始め欧州やインド・ASEANからも日本は心底軽蔑され、そのレッテルは国際社会から半永久的に消えないであろう。
リアリズム国際政治学の始祖H・J・モーゲンソーは「国家というものはビリヤードの玉のようなものであって、ある玉に他の玉がぶつかると、弾き飛ばされて別の玉にぶつかっていく」として一国平和主義が幻想であることを指摘し、「小国や普通の国の運命は、覇権国同士の国際的覇権抗争の中で決定されるのが現実だ」と説いている。
戦前の日本はいわゆる五大国の一つとして、覇権をその手にして自国の運命を自ら斬り拓こうと努力した。
そして日本と欧米がぶつかって東南アジアやインドに弾き飛ばされたビリヤードの玉が、最終的にアジア植民地諸国の独立を導いた。
しかし戦後の日本は、米国かソ連か、そのどちらの陣営に属するか以外の選択は許されなかった。米ソ冷戦という国際的覇権抗争の中では、憲法第九条を持つような「普通の国」以下の日本ごときに一切の自主性は認められなかったのである。
今日、反米保守や左翼がよく「日本の自主性」を口にするが、それは日本が強力な軍事力を伴った影響力をある程度でも国際社会で保持して始めて可能なことである。
集団的自衛権の行使もできず、安保同盟を双務性にもできず、海外への戦闘部隊派遣もできず、核武装もしていない妄想平和主義の国なんて、常に飛んできたビリヤードの玉にはじかれる玉でしかない。
この日本の現状をせめて先ず「普通の国」にしないかぎり、「日本の自主性からイラク戦争に反対する」などと国際力学のリアリズムに反する空論をいくら並べても何の意味もない。全く何の意味もないのだ。
これからの時代は米中の国際覇権抗争が本格化していく。イラクや北朝鮮はその前哨戦にすぎないのだが、このまま日本が憲法や日米安保の片務性を改正できないでいれば、早くもその前哨戦の段階で日本の敗北は確定する。
日本の政治家の多く、とりわけ自虐史観を信奉し中共に媚びる政治家は、世界の現実を直視するリアリズム国際政治学とは対極の「ファンタジーの世界」に生きているかのようである。
英語ではリアリズム(現実主義)の反対はアイディアリズム(理想主義)だが、これらの政治家は国際間における日本の「理想」も持っておらず、リアリストでもアイディアリストでもない。敢えて英語で言うならばマニアック・パシフィストといったところである。
このマニアック・パシフィストたちはよく「憎しみは憎しみを呼び、報復は報復を招く」などとしたり顔で言うが、「ならば一方的に憎まれ一方的に攻撃や危害を加えられた場合はどうするのか」という質問に対しては、沈黙するか「話し合いで解決を」という寝言しか答えられない。
リアリズムに基けばその場合に取ることのできる対応は二つしか存在していない。
一つは「相手側に降伏して要求を丸呑みする」、もうひとつは「相手側に対して反撃して降伏させるまで戦う」、このいずれかである。
そして同盟国から信頼される国、世界中から敬意を払われる国は後者であり、かつての日本がそうであった。
リアリズム国際政治学の大家でもある歴史学者アーノルド・トインビー(元イギリス外務省情報部長)がそのリアリズム史観から大東亜戦争を「自衛と解放の戦いであり、偉大な功績を残した」と讃えていることは、逆に見れば国際政治のリアリズムの否定と自虐史観とが同軸であることを示すものである。
歪んだ非現実的な歴史観、南京大虐殺だの従軍慰安婦強制連行だのといったフィクションの歴史観を信奉することで、非現実的な妄想平和主義のファンタジーを現実だと錯覚し、国際政治や戦争のリアリズムを理解できなくなっているのだ。
米政界においては共和党はリアリズムを重視する「政治のプロ」とされ、一方民主党はウィルソン主義に代表されるアイディアリズムを掲げる「アマチュア政党」と認識されている。
従って共和党は国連に限界を感じて世界新秩序建設に着手し、民主党は今だに根強い国連中心主義を奉じている。
しかして国際覇権抗争である米ソ冷戦に勝利したのは、民主党カーターのアイディアリズムではなく、共和党レーガンのリアリズムであった。現実の世界においては、理想主義と現実主義を対比すると、必ず現実主義が勝利を収めることは歴史の鉄則なのだ。
そして哀しいかな、米国とは違って日本の国家戦略にはリアリズムはおろかアイディアリズムさえも存在していない。
日本が信頼を得るためには「ともに血を流すこと」だと私は述べた。
それは憲法と日米安保のファンタジー的要素をリアリズムに基くものに改正し、「専守防衛」「集団的自衛権行使不可」といったアンモラルな方針をリアリズム国際力学に対応させ、国家として夢物語ではない現実の世界の中に生きよということに他ならない。
クリントンやケリーに代表される民主党の対日封じ込め派は、日本を永久にファンタジーの世界の中に押し込めておいて金が続くかぎり吸い上げ、国際覇権舞台に日本が上がることは絶対に許すまいと考えている。
しかし共和党は、日本が一日も早くリアリズムの世界に戻ることを待望し、日本が英国と並んで米中冷戦を勝ち抜くための米国のパートナーとなって欲しいと願っているのだ。
米陸軍第一軍団の司令部がシアトルから座間へ移転することになっているが、これによりブッシュ政権は陸海空三軍と海兵隊のアジア太平洋方面司令部を全て日本国内に移動させることになる。
これは「日米両軍が力を合わせ、ともに中共・北朝鮮と戦おう」という共和党の強い意志の現れに他ならない。
敗戦から六十年、ようやく日本に「舞台」に上がる資格が認められたのだ。
こけら落としはイラク戦争、そして第一幕は北朝鮮有事となろう。日本に残された「時間」はもうあまり長くはない。好むか好まざるかに関係なく、もうすぐ幕が上がる。
信頼とは「ともに血を流すこと」 Part1
http://ochimusya.at.webry.info/201202/article_15.html
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Link: ブログテーマ 「日本人が知らない シリーズ」
http://ochimusya.at.webry.info/theme/57295fd580.html
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国際政治学者いわく、
『リアリズム国際政治学の始祖H・J・モーゲンソーは「国家というものはビリヤードの玉のようなものであって、ある玉に他の玉がぶつかると、弾き飛ばされて別の玉にぶつかっていく」として一国平和主義が幻想であることを指摘し、「小国や普通の国の運命は、覇権国同士の国際的覇権抗争の中で決定されるのが現実だ」と説いている。』
『集団的自衛権の行使もできず、安保同盟を双務性にもできず、海外への戦闘部隊派遣もできず、核武装もしていない妄想平和主義の国なんて、常に飛んできたビリヤードの玉にはじかれる玉でしかない。』
『リアリズム国際政治学の大家でもある歴史学者アーノルド・トインビー(元イギリス外務省情報部長)がそのリアリズム史観から大東亜戦争を「自衛と解放の戦いであり、偉大な功績を残した」と讃えている・・・』
平和ボケの妄想平和主義と自虐史観が日本を蝕み、米中冷戦の最中で消滅する運命に向かって邁進している。
もう日本に残された時間は、限りなく短い。
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『日本人が知らない「二つのアメリカ」の世界戦略』 (P348 ~ P354)
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【米国の国際戦略】
信頼とは「ともに血を流すこと」である
ハドソン研究所主席研究員の日高義樹氏は自著の中で、ブッシユ政権高官が「2003年、韓国の人々は反米主義に凝り固まってしまった。基地に反対し、アメリカを嫌悪している。そのリーダーが盧武鉱だ。韓国はある意味ではアメリカの敵国になった。アメリカは、北朝鮮を韓国に併合させることは認められない」と語ったことを述べておられる。
アメリカにすれば朝鮮戦争で13万人もの死傷者を出しながらも、中朝軍を撃退して韓国を護ったにも関わらず、韓国の現在の反米主義は実に不快きわまるものであろう。
莫大な持ち出しをして朝鮮半島近代化に尽力したのに憎悪の対象にされている日本であれば、このアメリカの心情も理解できる筈だ。
アメリカは韓国から憎まれることは何もしていないが、この異常な反米主義の盛り上がりは、実は中共と北朝鮮が韓国内の様々な反米左翼勢力を支援する工作を行ってきたからである。その実態については後述する。
この米中が朝鮮半島を舞台にパワーゲームを繰り広げるという状況は、まさに日本が朝鮮独立維持のために日清・日露戦争を戦ったごとく、朝鮮半島の存在が常に国際紛争のタネになるという歴史の鉄則を証明している。
日本人が平和ボケの妄想平和主義に浸る中で、歴史は再び繰り返されようとしているのだ。
反米デモと盧武鉱当選という「目に見える光景」により、あたかも韓国民の全てが反米であるかのごときイメージがアメリカ国民の間に定着しており、共和党の世界新秩序の中で韓国は「必要のない国」と位置づけられたのである。
米国防総省では「米朝戦争の際には韓国軍は米軍を攻撃するのではないか」という疑念まで生じてその対策も立案しているぐらいだ。
中朝に踊らされたこの韓国の姿を日本は教訓としなければならない。
さて日本が信頼される同盟国たるには、イラクこそがその踏み絵であった。
すなわち高倉健の映画じゃないけれども「イラクさんには何の恨みもございませんが、これも同盟の義理でございます。堪忍してやっておくんなさい」ということをイラクに伝えて、日本も戦闘部隊を派兵するべきだったのである。
しかし湾岸戦争と同様に、今回も日本は海外の戦闘部隊派兵には踏みきれなかった。まさに「今ぞ国威を示さずば、噫、千載に恥あらん」というタイミングを日本は再び逃してしまったのだ。
湾岸戦争では総戦費450億ドル弱の内、日本は140億ドル(約1兆5000億円)を供出しており、侵略を受けた当事国にして金持ち産油国たるクウェートが135億ドルの供出しかしていないことに鑑みると、日本の戦費負担額は極端に突出していた。
それでも一兵も派遣しなかった為に世界中から軽蔑され、クウェートの感謝公告からも名前をはずされ、あげくにはクウェート国内における日本の国策石油会社アラビア石油の利権を次々と縮小させられるに至っている。
2001年に河野洋平が日本の外相としては23年ぶりにクウェートを訪れたが、クウェート側は首相はおろか外相の面会さえも拒否し、「金だけ出して事足りると済ませた卑怯な国」への軽蔑と嫌悪を露に示した。
今回アメリカから日本の立場が湾岸戦争ほど酷評されなかったのは、常任安保理五力国中の三力国を含む仏独中露がイラク攻撃に反対し、アメリカが孤立化しつつあるところヘ、いち早く日本が支持を表明したからである。
その支持への感謝心と元々存在する日本への好感情から、ブッシュは日本を「過剰評価」しただけであり、日米両軍が肩を並べて戦闘に参加するという共和党の「夢」は実現されなかったのだ。
2003年3月20日のアメリカからの対イラク開戦通知は、日本へは開戦2分前にアーミテージ国務副長官が電話し、韓国へは開戦3時間前にチェイニー副大統領が電話している。
この差は一体何故なのであろうか。ブッシュは反米親中朝の左翼である盧武鉉を嫌っており、盧武鉉もブッシュ嫌いなのだが、韓国は700人の派兵、即ち600人の戦闘部隊(工兵中心)と100人の医療部隊をイラクヘ派兵することを開戦前に決定していたからである。
反米一直線のマルキストである盧武鉉だが、「あまりにも反米をストレートに示しすぎてしまった。
アメリカに北朝鮮攻撃をさせないためにも、イラク派兵で点数をかせいでおかないと、アメリカに対する発言力がなくなる」と焦り派兵を決定していたのだ。
つまりアメリカから北朝鮮を守りたいから派兵を決定した訳であり、アメリカに北朝鮮から守ってほしい日本とは全く逆なのだ。
しかし動機はどうであれ、派兵を決定したという意義が大きいのである。日本はいくら小泉首相が「アメリカの信頼に足る同盟国でありたい」と国会で大見得をきっても、派兵を決定しておらず、それがこの開戦通知の扱いの差となった。
これがシビアな国際的現実であり、日本はアメリカヘの甘えを捨てるべきである。
さて、ここで一つ重要な点を確認しておくが、アメリカが日本のために代わりに血を流したりリスクを負うということは、たとえ共和党政権であっても絶対にありえない。
アメリカの国益と一致するからこそアメリカは血を流すのである。
例えばベトナムに介入したのも南ベトナムのためではなく、共産主義の拡大を阻止することがアメリカの国益であり使命であると判断したからだ。
従って日本がアメリカの国益にとって「必要な同盟国」であるからこそ、「日本への攻撃はアメリカヘの攻撃と見なす」(アーミテージ)という判断を下すのである。
そしてアメリカの国益にとって「最も必要な同盟国」というのは、アメリカの戦争を共に戦う国のことに他ならない。それであるが故に、アメリカもまたその同盟国の戦争を共に戦う。
ハンチントンは中共によるアジア制覇の近未来を見据えた上で「(イラク戦争は)日本が(米国と共に)戦わなければならない戦争なのだ。国内前線などではなく、同じ前線で戦わなくてはならない」と述べた。
つまり日米同盟における最大の問題点は、実に集団的自衛権行使の解釈に他ならない。
米国と軍事同盟を締結しているにも関わらず、「集団的自衛権は有るが行使できない」という禅問答のような解釈は、アメリカにはもとより世界中どこでも一切通用しない。
これは個人に置きかえれば、隣で暴漢に襲われている友人を助ける権利は有っても、実際に助けてはいけないということになる。
公明党は「解釈変更は不要」(太田幹事長代行)、民主党はさらに愚劣にも「行使してはならないと明確にすべき」(岡田克也)と述べているが、日本ではまだこんなバーチャル・パシフイズムの世界に生きている馬鹿が政界の要所に座っている。
こんな身勝手な主張が通用する筈がないことに、もうそろそろ日本人全員が気付かねばならない時期ではないだろうか。
ブッシュの「日米はアメリカとイギリスのような関係に近づくべきだ」という発言は、すなわち「日本よ、ともに血を流せる国になってくれ」ということなのである。
米ワシントンーポスト紙のB・ウッドワードはその著書で、イラク攻撃前の2003年3月9日にブッシュが英ブレア首相に「英軍は直接戦争には参加せずに平和維持活動だけでも構わない」と伝えたことに対し、ブレアが「それはありえない。参戦すると確約した。最後まであなたについていく」と答えたことを明かしている。
これが本当の信頼関係を築くということだ。
日本では無知な反米論者が「ブレアはブッシュの言いなり」などと言っているが、参戦はブレア政権崩壊のリスクが高いとも予想されており、僅かばかりの石油利権のおこぼれを得るためにブレアが「誇り高き大英帝国」をブッシュの下僕にしたりはしない。
そこにあるのは同盟国としての信義である。
つまり日本も小泉首相の言うような「信頼に足る同盟国」になるならば、戦死者を出す可能性を覚悟して、その上で強固な国軍を堂々とイラクヘ戦闘派兵するべきだったのである。
小泉首相のイラク戦争における米国支持については、日本の世論アンケートでは大多数がこれを支持したが、その一方で自衛隊の戦闘部隊派遣については九割近くが反対していた。
つまり「北朝鮮が怖いからイラク戦争支持は仕方ない。支持すると口で言うだけならタダだ。しかし戦争に自衛隊を派遣すると戦死者が出るから反対。日本人が血を流すのは嫌だ」という考え方を反映したアンケート結果である。
こんな身勝手な卑怯な考え方が世界で通用すると思っている日本人がまだまだ多数を占めることに、私は心から危惧を感じる。
アメリカでは一部の知識人を除き米国民の大多数は、日米安保条約が片務性ではなく双務性のものであると思いこんでいる。片務性の安保条約など存在しないというのが普通の感覚だからである。
事実、米英安保は言うまでもなく米韓安保条約も米比安保条約も双務性であり、もしアメリカが第三国から攻撃された場合は米国側に立って参戦すると規定されている。
つまり日米安保だけが世界でも非常に稀な特殊なものなのだ。
普通のアメリカ人の感覚からすれば、日本を守るためにアメリカ人が一方的に血を流すことなど、アメリカ世論は絶対に受け入れない。それは立場を入れ替えて、日本人に「アメリカを守るために戦って血を流せ」と言ってもその気になれないことと同じである。
安保同盟とは双務性があるからこそ機能するものなのだ。日本人はまだそれを分かっていない。
近年中にほぼ確実に起こる北朝鮮有事の際に、もし日米安保がまだ片務性のままで、弱腰の首相が「集団的自 衛権の行使はできない」と主張し、米軍が戦っている後方で自衛隊が指をくわえているような事態になれば、日米安保は100%破棄される。
だからこそ共和党政権は「北朝鮮有事までに自立した国軍を保有し、早く集団的自衛権を行使できる体制をつくってくれ」と日本に強く望んでいる。
もし朝鮮有事の際に、日本が北朝鮮との正面交戦を拒み、米軍の交戦する影にかくれて後方支援だの補給だの戦費負担だのを行うだけといった背信的対応を行ってしまえば、いくら「強い日本」を望む共和党でも選挙がある以上は、日本の卑怯な姿に怒り狂うアメリカ世論には逆らえない。
そのような状況になれば米民主党は「待ってました」とばかりに中共の意に沿って日米安保破棄を主張するであろう。
つまり日米同盟は確実に破綻する。
日本は中共の軍事覇権の前にただ呆然と立ちつくし、貧乏国に転落した日本を尻目に中共がアジアをその経済覇権下に置き、そして日本の主権は完全に中共の制圧下に収められ、アジアのその状態は最低でも半世紀は続くかもしれない。
また朝鮮有事の当事国としての日本の振る舞いが卑怯で臆病に写れば、英豪を始め欧州やインド・ASEANからも日本は心底軽蔑され、そのレッテルは国際社会から半永久的に消えないであろう。
リアリズム国際政治学の始祖H・J・モーゲンソーは「国家というものはビリヤードの玉のようなものであって、ある玉に他の玉がぶつかると、弾き飛ばされて別の玉にぶつかっていく」として一国平和主義が幻想であることを指摘し、「小国や普通の国の運命は、覇権国同士の国際的覇権抗争の中で決定されるのが現実だ」と説いている。
戦前の日本はいわゆる五大国の一つとして、覇権をその手にして自国の運命を自ら斬り拓こうと努力した。
そして日本と欧米がぶつかって東南アジアやインドに弾き飛ばされたビリヤードの玉が、最終的にアジア植民地諸国の独立を導いた。
しかし戦後の日本は、米国かソ連か、そのどちらの陣営に属するか以外の選択は許されなかった。米ソ冷戦という国際的覇権抗争の中では、憲法第九条を持つような「普通の国」以下の日本ごときに一切の自主性は認められなかったのである。
今日、反米保守や左翼がよく「日本の自主性」を口にするが、それは日本が強力な軍事力を伴った影響力をある程度でも国際社会で保持して始めて可能なことである。
集団的自衛権の行使もできず、安保同盟を双務性にもできず、海外への戦闘部隊派遣もできず、核武装もしていない妄想平和主義の国なんて、常に飛んできたビリヤードの玉にはじかれる玉でしかない。
この日本の現状をせめて先ず「普通の国」にしないかぎり、「日本の自主性からイラク戦争に反対する」などと国際力学のリアリズムに反する空論をいくら並べても何の意味もない。全く何の意味もないのだ。
これからの時代は米中の国際覇権抗争が本格化していく。イラクや北朝鮮はその前哨戦にすぎないのだが、このまま日本が憲法や日米安保の片務性を改正できないでいれば、早くもその前哨戦の段階で日本の敗北は確定する。
日本の政治家の多く、とりわけ自虐史観を信奉し中共に媚びる政治家は、世界の現実を直視するリアリズム国際政治学とは対極の「ファンタジーの世界」に生きているかのようである。
英語ではリアリズム(現実主義)の反対はアイディアリズム(理想主義)だが、これらの政治家は国際間における日本の「理想」も持っておらず、リアリストでもアイディアリストでもない。敢えて英語で言うならばマニアック・パシフィストといったところである。
このマニアック・パシフィストたちはよく「憎しみは憎しみを呼び、報復は報復を招く」などとしたり顔で言うが、「ならば一方的に憎まれ一方的に攻撃や危害を加えられた場合はどうするのか」という質問に対しては、沈黙するか「話し合いで解決を」という寝言しか答えられない。
リアリズムに基けばその場合に取ることのできる対応は二つしか存在していない。
一つは「相手側に降伏して要求を丸呑みする」、もうひとつは「相手側に対して反撃して降伏させるまで戦う」、このいずれかである。
そして同盟国から信頼される国、世界中から敬意を払われる国は後者であり、かつての日本がそうであった。
リアリズム国際政治学の大家でもある歴史学者アーノルド・トインビー(元イギリス外務省情報部長)がそのリアリズム史観から大東亜戦争を「自衛と解放の戦いであり、偉大な功績を残した」と讃えていることは、逆に見れば国際政治のリアリズムの否定と自虐史観とが同軸であることを示すものである。
歪んだ非現実的な歴史観、南京大虐殺だの従軍慰安婦強制連行だのといったフィクションの歴史観を信奉することで、非現実的な妄想平和主義のファンタジーを現実だと錯覚し、国際政治や戦争のリアリズムを理解できなくなっているのだ。
米政界においては共和党はリアリズムを重視する「政治のプロ」とされ、一方民主党はウィルソン主義に代表されるアイディアリズムを掲げる「アマチュア政党」と認識されている。
従って共和党は国連に限界を感じて世界新秩序建設に着手し、民主党は今だに根強い国連中心主義を奉じている。
しかして国際覇権抗争である米ソ冷戦に勝利したのは、民主党カーターのアイディアリズムではなく、共和党レーガンのリアリズムであった。現実の世界においては、理想主義と現実主義を対比すると、必ず現実主義が勝利を収めることは歴史の鉄則なのだ。
そして哀しいかな、米国とは違って日本の国家戦略にはリアリズムはおろかアイディアリズムさえも存在していない。
日本が信頼を得るためには「ともに血を流すこと」だと私は述べた。
それは憲法と日米安保のファンタジー的要素をリアリズムに基くものに改正し、「専守防衛」「集団的自衛権行使不可」といったアンモラルな方針をリアリズム国際力学に対応させ、国家として夢物語ではない現実の世界の中に生きよということに他ならない。
クリントンやケリーに代表される民主党の対日封じ込め派は、日本を永久にファンタジーの世界の中に押し込めておいて金が続くかぎり吸い上げ、国際覇権舞台に日本が上がることは絶対に許すまいと考えている。
しかし共和党は、日本が一日も早くリアリズムの世界に戻ることを待望し、日本が英国と並んで米中冷戦を勝ち抜くための米国のパートナーとなって欲しいと願っているのだ。
米陸軍第一軍団の司令部がシアトルから座間へ移転することになっているが、これによりブッシュ政権は陸海空三軍と海兵隊のアジア太平洋方面司令部を全て日本国内に移動させることになる。
これは「日米両軍が力を合わせ、ともに中共・北朝鮮と戦おう」という共和党の強い意志の現れに他ならない。
敗戦から六十年、ようやく日本に「舞台」に上がる資格が認められたのだ。
こけら落としはイラク戦争、そして第一幕は北朝鮮有事となろう。日本に残された「時間」はもうあまり長くはない。好むか好まざるかに関係なく、もうすぐ幕が上がる。
信頼とは「ともに血を流すこと」 Part1
http://ochimusya.at.webry.info/201202/article_15.html
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