国連を神聖視する日本人 Part1

昨今の北朝鮮が「人工衛星」の打ち上げを強行実施した際、日本政府や日本のマスコミは、国連の決議が云々と喧伝していた。

一般的に、すべての日本人は国際連合(国連)を、絶対的な国際平和維持ための神聖なる機関と信じている。

しかし国連の本質とは、≪第二次世界大戦で、日本に宣戦布告した国(戦勝国)が、戦後の世界での実権を得るために創設された組織であり、現在では世界での実権を握る核保有国クラブ≫ということを、多くの日本人は知らない。

そして国連における世界平和の大儀は、単なる名目に過ぎず、常任理事国どうしが世界での実権と自国の国益が最優先される権力闘争の舞台でしかない。

その証拠に、国連創立後に、国連による平和維持が機能したのは、後にも先にも1950年に勃発した朝鮮戦争の時、1度だけであり、その後、ソ連は他国へ侵攻を何度も繰り返し、また中国は他国への侵略と虐殺を17回も行ったが、常任理事国として拒否権を持つソ連と中国に対して、国連軍が出動したことは一度もなかった。

そして今や国連は完全に中国のご用機関になり下がり、中国のやりたい放題が看過されているのが現状だ。

また日本の常任理事国への格上げは、儚い夢といってもよく、それにも関わらず、日本の国連への負担金は加盟国中で、米国に次いで2番目に多く、国民一人当たりの負担額で言えば、世界一高額な負担金を払わされている。

常任理事国である米国にとっては国連への負担金も国益を考えれば大きなメリットがあるが、日本には全くと言っていいほどメリットはない。

これは日本国民の血税が、国連という国家ぐるみの振り込み詐欺にあっていると言っても過言ではない。

殆どの日本人が、国連を神聖視しているが、国連の起源とその衝撃の実態を知る必要がある。

『日本人が知らない「二つのアメリカ」の世界戦略』から「国連信仰という愚かなる虚妄」という部分を、2回に分けて紹介しよう。

少々長文だが、国連に関する驚愕の実態が詳しく書かれている Part2 の最後まで読んで欲しい。 【転載歓迎】



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    『日本人が知らない「二つのアメリカ」の世界戦略』 (P402 ~ P410)
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【日本の国家戦略(二)】

国連信仰という愚かなる虚妄 -日米同時脱退で国連を解体せよ-

日本が初めて国連安保理の常任理事国入りの意向を公式に表明したのは、クリントン政権の時代である。

クリントンは安易にそれを支持する構えをみせたが、この時に米上院議会では共和党議員を中心にそれに反対する声が上がった。

一見すると共和党と民主党の立場が逆転しているように見えるが、実は共和党の主張は「日本が普通の軍事行動ができる国になるまでは、日本の常任理事国入りを支持してはならない。それができないまま日本が常任理事国となると、世界を混乱させ日本自身も苦境に陥る」というもので、この主張は知日派のウィリアム・ロス共和党上院議員らが中心となり一九九三年七月に上院全会一致で決議された。

この決議は「日本が参加できないとする国際安保活動なしには、国連安保理は通常の機能を果たせない。日本は現在のままでは常任理事国の責任や義務を果たせない」とアピールしている。

つまり共和党は日本に対して、その能力も体制もない日本が背伸びして常任理事国入りを目指す前に、まず憲法改正と海外へ戦闘派遣できる国軍創設が先だろうというメッセージを送ったのである。

これは実に的を得た原理原則ではないだろうか。

これについては一九九四年にマレーシアのマハティール首相も「日本の国連安保理常任理事国入りに賛成するが、(常任理事国入りするからには)日本は軍事的貢献をしなければならない」「日本が過去への反省のため、軍隊の国外派遣もできないというのは残念だ」とコメントしている。

ところが国際関係の現実を何も理解していない妄想平和主義者の河野洋平は、一九九五年四月に日本国外相として国連で「日本が常任理事国入りを果たした場合でも軍事行動には一切関与しない」と演説したのである。

救い難い阿呆というか何というか、河野は二年前の米国上院の決議さえも知らなかったのだろうか。この演説に共和党は「この一言で日本の常任理事国入りはさらに遠のいた。日本外相は正気か」(ロス上院議員)と唖然としたのであった。

国連研究の権威とされる英国人ジヤーナリストのローズマリー・ライターは自著『国連と世界秩序=失われたユートピア』の中で次のように述べている。

「安保理は現実の世界を反映せねばならず、日本は現実の世界では大国だが、同時に軍事力行使に足かせを課された大国なのだ。戦後の憲法の制約や国民の感情が積極平和主義志向を強め、軍事力の集団的行使を困難にしている。日本は自国の軍隊が海外での戦闘に関与できるよう国内法も国民感情も変わるまでは、安保理常任理事国入りを考えるべきではないだろう」。

要するに妄想平和主義の日本は国際社会の禁治産国であり、正常な国すなわち海外の戦争に派兵できる国になるまでは、世界の安全保障をコントロールする立場に立つべきではないということである。

つまり河野洋平の国連演説は「やはり日本は異常な国だ」という確信を諸外国に与えただけであったのだ。

一方、中共が日本の安保理常任理事国入りに反対するのは全く正反対の理由であり、日本が常任理事国入りすることで「正常な国」になろうとして軍事力を高め海外派兵を可とすることを怖れ、同時に日本の国際影響力を抑えたいと考えて、日本の常任理事国入りに反対している。

一九九七年四月、当時の小渕外相が安保理常任理事国との分担金不均衡の是正を国連に求めたところ、中共の国連代表は「常任理事国としての中国の地位はカネで買ったのではなく、第二次大戦での侵略に抗した努力への報酬なのだ」と主張し、「侵略を仕掛けた側(日本)からの分担金増額要求には応じられない」と反論した。

この中共代表の反論ほど国連の本質を示しているものはない。

国連とは先の大戦の戦勝国が世界の実権を握るためだけに創設されたものなのだ。従って国連の中核たる常任安保理に敗戦国日本が入ることは、針の穴にラクダを通すような話なのである。

朝日新聞が社説に書いた「(国連は)大戦への反省から国際社会が平和のために創設した国際秩序維持機関」というのは、無知ゆえの誤報か意図的な情報操作かは知らないが、国連とは第二次大戦中の軍事同盟(連合国)がそのまま戦後も加盟国を増やしていっただけのものにすぎない。

つまり戦勝国が戦後世界でもその統治を継続する目的で存続させているものであり、そもそも国際連合という言葉自体が誤訳であって、ユナイテッドーネーションズなる名称は戦時中から何も変わっておらず「連合国」のままなのである。

国連の事実上の創設者たるコーデルーハルは創設当時「四人の警察官(米英中ソ)が世界を監視し統治する」と述べており、そこにフランスが加わったということなのだが、この五力国だけが安保理の拒否権を持つのは旧国際連盟以上に不平等性の高い独善的システムである。

国連が事実上創設された日、つまり連合国が国連憲章に調印したのは、ヒトラーの後継者たる独デーニッツ政権が無条件降伏した後であることから、日本は国連としての連合国と交戦した唯一の国である。

これでは安保理常任理事国になるのが至難であるのは当然のことだ。

現在の国連安保理は、拒否権のある常任理事国五力国の他に、拒否権のない非常任理事国十力国で構成されており、非常任理事国は総会で選出されて二年間の任期で安保理に出席できる。

しかし拒否権がない以上は出席しても「反対」の意志を行使することができない。

つまり拒否権を持つ常任理事国になるということは、非常任理事国やそれ以外の国々の意見を超越して、世界の安全保障に決定を下す特権階級になるという重大な意味を持っており、つまるところ国連安保理とは集団的軍事行動を実施するための母体であるというのが国際常識なのだが、日本は妄想平和主義に固執する内閣法制局が「集団的自衛権は保有するが行使はできない」という狂った憲法解釈を行っているため、その軍事行動には参加できない。

参加できない国が他国の集団的軍事行動を決定する常任理事国になれる筈がない。

また国運憲章第四十五条には「加盟国は、合同の国際的強制行動のため国内空軍割当部隊を直ちに利用に供することができるように保持しなければならない」とある。

この条項は実質的には常任理事国のみに対して適用されている。しかも同四十三条三項には、加盟国は自国の憲法に従って同協定を批准すると規定されているが、交戦権禁止の妄想憲法と国連憲章批准は完全に相反して矛盾する。

従って日本は先ずこの内閣法制局の欺瞳に満ちた憲法解釈を是正し、次いで憲法を改正して自衛隊を正式な国軍と位置付け、集団的軍事行動に参加できるようになった上で、安保理常任理事国入りを目指すのが道理である。

アーミテージなど共和党要人が「日本の常任安保理入りには憲法第九条改正が不可欠」と発言したのは、日米同盟を重視する共和党の「大人の立場」での日本へのアドバイスなのである。

さて国連安保埋かかつては米ソ対決の道具であり、そして現在は米英仏露中といった五力国の国益闘争の舞台と化している現状について、日本政府も野党も「国連は国際平和機構」であるかのような甘い甘い幻想を抱いているように私には見受けられる。

例えば二〇〇一年十二月、英仏両国はアフガニスタン戦費を全て日本に押しつけようと企み「アフガニスタンに治安部隊を派遣しない国が派兵国の費用も全て負担する」という先例なき決議案を提出しようとした。

決議前夜に同案を見せられた佐藤行雄国連大使が奮走し、米ブッシユ政権の「加勢」を得てようやく阻止にこぎつけたが、国益闘争で日本を標的にするのは中共だけではないのだ。

そして実は国連がその創設以来、国際平和維持の機能を果たしたのは、一九五〇年の朝鮮戦争ただ1回きりである。それ以外は後にも先にも一度もない。

なぜ朝鮮戦争のときだけは有効に機能したのかといえば、当時の安保理常任理事国の席は米英仏ソ以外には中共ではなく国民党政権(台湾)が座っており、さらにソ連が「国連から国民党政権を追放して中国共産党政権と交替させよ」という提出議案が否決されたことに抗議して安保理出席をボイコットしていたからである。

つまり北朝鮮と中共の共産軍が南侵し、国連がそれを軍事的に阻止しようとする安保理決議(一九五〇年六月二十七日)に対して、拒否権を行使する国がなかったからなのだ。

このアクシデント的な唯一のケースを除き、国連が世界の平和維持に役立ったことは以降ただの一度もない。

例えば一九五六年、ワルシャワ条約機構脱退と中立を宣言したハンガリーヘソ連軍が侵攻し、ハンガリーのナジ首相を反逆罪で処刑したハンガリー動乱でも、国連は手も足も出なかった。

また一九六八年、ソ連支配下からの独立を目指したチェコスロバキアに対してソ連軍はプラハに侵攻し、その占領は一九九〇年まで続いたが、国連はまったく動いていない。

つまりソ連にとって国連なんかは拒否権を使えばどうにでもなる玩具にすぎなかった。

そしてハンガリーやチェコスロバキアがソ連に占領されるに至った最大の原因は、両国が強い同盟国を持たなかったことに尽きる。国連総会は事実上ソ連の支配下にあり、安保理は拒否権行使できるため、同盟国が存在しない以上は国際社会はハンガリーやチェコスロバキアを見捨てるとソ連は読んでいた。そして事実その通りとなった。

このように朝鮮戦争以降は米ソの互いの拒否権行使合戦(ソ連百五十回、米国六十八回)によって、国連安保理は単に両国が相手を罵倒するだけの政治宣伝の場と化していた。

そしてそれはソ連崩壊後も、米中の対立にロシアやフランスの思惑が絡んだ一層複雑な国益闘争の場となっただけで何も変わっていないのだ。

ところがこのような国連の実態をまったく知らずに、イラク戦争時に日本の野党は、小泉批判のために阿呆の一つ覚えのように「安保理決議がない」と国会で大騒ぎしていた。

日本を敵視する中共やロシアが拒否権を持つ安保理、仮に世界中が賛成しても常任理事国一力国の拒否で決議ができない安保理、そして旧戦勝国の国益闘争の場でしかない安保理、このような馬鹿げたものに日本の国策判断を委ねようとする野党の感覚は平和ボケの極みである。

しかし小沢一郎氏までもが「国連中心の安全保障」を唱えているのが日本のあきれた現状なのだ。

なお国連の安保理決議のないままアメリカがイラクを攻撃を行ったことは、日本にとっては大いに喜ぶべき天恵であり、これほど有難いことはないのに野党はこれにも全く気付いていなかった。

つまり北朝鮮が核開発を続け日本への攻撃も十分有りうる時期に、たとえ中共やロシアが拒否権を発動したとしても、アメリカは安保理決議なしでも北朝鮮攻撃を行うのだということが、これで実証されたのである。

これは日本にとっては大きな抑止力を得たことになる。日本の立場からすれば、アメリカが安保理を無視してくれたことに感謝するべきなのに、無知か亡国的な党略か、民主党・社民党他の野党は口をそろえて「安保理決議がない」と叫んでいたのだ。

民主党で安全保障の政策通を自認する前原誠司氏は国会質問で「アナン事務総長はイラク攻撃には正当性がないと言っている」と述べ、川口外相が「アナンは安保理の事務局長であって、安保理の判断をする権限はない」と答弁したところ、前原氏は「問題発言だ」と叫びアナンの言葉こそがまるで世界を裁く審判であるかのように、大げさにあきれたジェスチャーを見せていた。

ならば前原氏は、そして民主党は、仮にアナンが「日本は北朝鮮の核保有を認めなさい」と言えば喜んで従うのであろうか。

アナンがどう言ったとかいうレベルではなく、日本の国策、日本の安全保障についての論議は、国連など度外視して独白で考えるべきであることは言うまでもない。

このアナンが日本に対してどのようなスタンスでいるかをよく示しているエピソードがある。一九九九年九月、東ティモール独立に際して同国代表者グスマンを招いた安保理公開討議の際、東ティモール復興に世界最大の資金供出をする日本の代表が演説する時間をわざわざ見計らって、アナンとグスマンは昼食を取りに退席し、日本の代表は空席に向かって演説するハメになった。

要するにアナンにとっては日本など「自動金銭引出機でしかない」(波多野元国連大使)ということである。
 
民主党のマニフェストには、その外交・安保政策の冒頭に「国連中心主義で世界の平和を守ります」と掲げられているが、国連中心主義が日本の国益にとって最悪の選択であることは、多少でも国連の実態を研究すれば明らかである。

二〇〇二年まで四年間に渡り日本代表国連大使を務めた佐藤行雄氏は、この国連中心主義という考え方について「理解の不足どころではなく大変な幻想」と断じておられ、「国連中心主義というのが、日本の国益に関わる問題についての判断を国連に委ねるということならば、危険きわまりない。日本には自国の利益のために国連を利用するという視点が欠けている。国連を神聖化したような議論には心から危惧の念を覚える」と述べておられる。

大国が国益エゴを剥き出しにして駆け引きを繰り広げる闘争の場を神聖視して、国連中心主義を唱えるような人間は、いわばカルト宗教「国連真理教」の信者みたいなものだ。

イラク攻撃の賛否を問う国連議決の折、アメリカの票予測では非常任理事国たるギニアとカメルーンの二力国の決定が結果を左右する状況であった。この二力国はフセイン政権と大差ない独裁国であり、世界秩序には何の責任も持てない零細国でもある。

アメリカはこの二力国に頭を下げ援助を与えてまで安保理決議を得る気はなく、既に存在していた国連決議一四四一号に準拠してイラク攻撃に踏み切った。

つまり民主党の掲げる国連中心主義、前原誠司の言う「安保理決議がないから違法」という考え方は、立場を日本に置き換えれば日本の安全保障をギニアとカルメーンに委ねるということと同義である。

この明白な構図さえも見えないのか、もしくはわざと見ないようにしているのか、「国連真理教」への狂信は日本を深く蝕んでいる。

国連をまるで神であるかのように崇拝している政治家や左派マスコミが主流を占める中で、田原総一朗氏もその一人である。

旧社会党を「心の故郷」と公言していた筋金入りの左翼である田原氏は「国連を無視した戦争は明らかに違法だ」とまで述べている。

ともあれ元来左翼の田原氏がそう言うのは別段不思議でもないのだが、実は保守の論客を自認する西部邁氏までもが「逼迫した危機に対する自衛であること、国連決議を経て国際的合意を得ること、少なくとも以上め二つを満たさなければ自衛戦争にはならない」と述べるほどに、日本の国連信仰の病は重いのだ。

西部氏の言うように国連決議が自衛戦争の条件となるのであれば、もしテポドンが突然日本に撃ち込まれてきても、国連安保理決議がないと日本は自衛戦争もできないことになる。

もし中共あたりが拒否権を使って決議ができなければ、日本は黙ってミサイルを撃ち込まれていなければならないというのであろうか。

これが国連を万能の神であるかのごとく信仰する国連中心主義の実態であり、結局のところはいくら保守を自称していても国連という戦勝国連合(戦後世界秩序)を絶対視する時点で、西部氏もまた日本の「戦後体制」の枠の中で生きる職業保守に過ぎないのであろう。

正統保守の立場として私は断じるが、自衛戦争を行うに際しては国連なんか全く何の関係もない。自衛戦争とは国家の自然権であり、日本自身がその戦いを自衛だと認識すればそれは自衛戦争であり、他国や旧戦勝国連合に「自衛戦争だと認めて下さい」などとお伺いを立てて決議をもらう必要などI切ないのだ。

日本にとっての自衛戦争の条件は「日本に逼迫した危機が到来したこと(又はその危機が迫っていること)」、それだけである。

国連にお伺いを立てて決議をもらうと言う時点で、日本の主権も自立性も放棄したに等しく、その一方で「日本の自立」を唱える西部氏の主張は矛盾していると断ずるより他はない。

個人に正当防衛権が認められているように、国家の自衛権もまた国連や国際法を超える。そして国連を超越するのは国益においても同じであり、世界各国にとって国連とは国益のために「利用」する道具でしかない。

それにも関わらず、例えば社民党の女性議員にいたっては「日本のスパイ取り締まりを国連に委ねよ」と狂った主張を行っていた。

私から見れば、議員の資質云々を言う前にもはや狂人であるとしか思えず、精神病院へ入院してもらうべきであろう。

国連に取り締まってもらうところのスパイを送りこんでいる中共やロシアが安保理常任理事国であり、各国の国益が対立するスパイのような問題で主権を自ら放棄して、一体どこの国のスパイを国連でどうしてほしいという主張をしているのか、まったく理解不能と言うより他はない。

朝日新聞は平成十五年三月十五日付の社説で「弱肉強食の争いを避け、法の支配に基く国際秩序を作っていく手段として人類が手にしたのが国連である」と、あまりに幼稚な国連賛美を行っているが、こんな非現実的な妄想を書き連ねた白痴新聞が大部数を誇るほど、日本人はかくも幼稚な民族になってしまったのか。

朝鮮戦争時に国連はその指揮下に入ったトルコ軍をわざと最前線に出し、そのせいでトルコ軍の死傷者は群を抜いて四万人以上にも達した。

これはトルコが第二次世界大戦で中立国であったことが唯一の理由である。

日露戦争により日本に対して好意を持つトルコは、その反ソ感情もあって本心では日独に付きたかったのだが、自国の軍事力に鑑みて中立を表明すると同時に連合国からの参戦要請も蹴った。

国連すなわち第二次大戦の連合国は、トルコにその仕返しをしたのだ。

「法の支配に基く国際秩序を作る手段として人類が手にした」だのと真っ赤な嘘もいいところであり、国連とは戦勝国の軍事同盟の「拡大版」でしかない。

朝日が何かにつけて引き合いに出していた永世中立国スイスは、二〇〇二年に加盟するまでの五十七年間ずっと国連に加盟していなかった。

いかなる国も敵・味方としない国是を持つスイスにとっては、一方を敵とする国連軍への参加もできず、米ソが互いに票取り合戦を繰り広げる中ではどちらに与して投票することもできず、さらに日独に対する「敵国条項」の残る軍事同盟たる国連に加入することは国是に反することだからでもある。

このスイスの理念を朝日は理解せずに、「スイスを見習え」と主張すると同時に国連賛美を続けてきたのである。

実はこの朝日をふくめて日本の左翼や親中派が「国連、国連」と騒ぐのは、ある特定の政治的意図をもっているからである。

「非武装中立論」を主張した社会党の石橋書記長は、「日本の安全保障を国連へ委ねよ」とも主張していた。つまり日本の左翼陣営は、自衛隊解体や日本安保解消を唱えると同時に、それによって国民に安全保障の不安を抱かせない戦略として、代案としての口実に「国連に安全保障を委ねればいい」という政治的思惑のある主張を行い、意図的に「国連信仰」「国連幻想」を創出してきたのである。

つまり国連信仰、国連中心主義とは、ソ連や中共の対日侵攻支援のために、実は国連など何の役にも立たないことを百も承知の上で、日本の安全保障を消滅させる口実に用いられてきたものにすぎないのだ。

ところが日教組や左翼マスコミによる国連賛美プロパガンダの「毒」が今や保守の政治家や識者にまで回ってしまい、小沢一郎氏や西部邁氏までが「国連真理教」の信者になってしまったということだ。

しかし、第一次夫戦敗戦後のドイツが押しつけられたロカルノ安保体制を想起してみれば、それがいかに愚かな幻想かが理解できるであろう。

ロカルノ安保体制とは、一九二五年にスイスのロカルノで七力国が調印した条約に由来し、創設予定中の国際連盟にドイツの安全保障を委ねるというものであった。

しかし敗戦ドイツ(ワイマール共和国)は、利害の対立する多国間の間で結果的に自衛の自由を奪われ、勿論国際連盟が助けてくれるわけもなく、かくて周辺諸国にドイツ領土を侵食侵略されていったのだ。

そして結局、ロカルノ安保体制をふくむペルサイユ条約打破を掲げたヒトラーが、強力な軍事力をもってそれらを破棄するまでは、ドイツは事実上自衛権のない状態だったのである。

このロカルノ安保体制(国際連盟による安全保障)のせいで次々と領土を奪われ続けたドイツには、国民の間に膨大なフラストレーションが留まり、その国民世論を背景にナチス政権は一気に失地回復に動き出し、結果その領土返還を拒んだポーランドなど周辺国と戦争に至った。

そしてそれに英仏が介入したというのが欧州戦開戦の実情なのである。国連なんかに自国の安全を委ねるということは、このロカルノ安保体制と同じことなのだ。

何よりも大切なのは、自国は自国で守るという決意とそのために必要な軍事力であり、それを日本に保持させたいと望んでいるのが米国共和党であり、それを保持させまいとして歴史カードを使って日本を脅しているのが中共なのだ。

このように左翼が「非武装中立」とセットにして掲げた「国連中心主義」が日本国民に愚かなる国連幻想を植えつけてしまい、国連が役足たずであるどころか、いかに世界にとって「有害」な存在かという冷静な視点は完全に失われている。

しかし実は国連ほどにいかがわしいものはないのだ。その実例を幾つかご紹介しておこう。

まず国連が人権を守る機関なんかではないということ、そして現在の国連がいかに中共のコントロール下に入っているかという実例は、そのチベットに対する一連の対応が露呈している。

国連は中共によるチベット侵攻併合を放置したのみならず、チベット人口の五分の一にあたる百三十万人近くが殺されても何も介入しようとしなかった。

それどころか例えば一九九三年に国連の世界人権会議で、ダライ・ラマが中共によるチベット人弾圧の実態を訴えようと演説の時間を求めたところ、中共の根回しにより国連はダライ・ラマの演説を禁止した。

また英国の会社が国連から編纂の外注を受けた『国連五十年史』の原稿に、ダライ・ラマの人権宣言の発言を引用したところ、これまた中共の根回しにより国連はこの部分を削除させている。

かつて国連はソ連の出先機関と化していた実状にあったが、今や国連は中共の御用機関になり下がっており、国連への影響力はアメリカよりも中共のほうが優っているのだ。



国連を神聖視する日本人 Part2
http://ochimusya.at.webry.info/201204/article_11.html


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