硫黄島の英霊

現在の硫黄島は、自衛隊の基地となっており、一般市民は無断で上陸できない。

しかし今もなお、多数の大日本帝国の軍人が、自衛隊員と寝起きを共にしている。

もちろんその大日本帝国軍人は、半透明であるものの、硫黄島で生活した者は、皆体験しているという。 (※青山繁晴著、『ぼくらの祖国』より)

硫黄島をネットで検索すると、今でこそ多くの情報を知ることができるが、しばらく前までは理不尽にも、忘れられた存在となってしまっていた。

下方に、硫黄島にまつわる動画、ブログ記事を張り付けておく。



【硫黄島】忘れがたき壮絶な戦地/英霊に感謝と鎮魂【HD版】
http://youtu.be/2wK8fxMNh_E



実写カラー映像 硫黄島の戦い
http://youtu.be/j5A8FGFJiYY



「ルーズベルト大統領への手紙」 市丸海軍少将
http://youtu.be/8L08VeIOGNU




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     硫黄島の英霊をなおざりにした国会議員     高山 正之  
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硫黄島は東京の南、千三百キロのところにある。

南端の摺鉢山から北の端までたった八キロのこの孤島に二万一千人の将兵が拠って米軍と戦った。米軍の硫黄島上陸は昭和二十年二月十九日だった。

彼らは前年秋からほぼ毎日、爆撃機を飛ばして爆弾を降らせ、上陸前には丸三日間、一万五千トンの砲弾を撃ち込んだ。

「生き残りがいるとしても、その処分は五日もあればいいだろう」と米軍は思った。

しかし上陸した米兵は正確な砲撃で片端から吹き飛ばされていった。

最初の三日間で米側の損害は千七百人に達した。ノルマンディ上陸作戦のそれを上回る数字だった。

ここを守る栗林忠道中将は地下に壕を巡らせ、将兵を潜ませ、砲も分厚いベトンで囲んだ上に砲台そのものを厚い土で覆って米軍の砲爆撃をしのいだ。

上陸部隊を待っていたのはほぼ無傷の日本軍だった。

ただその地下壕が凄まじい。今は海上自衛隊が管理する滑走路のすぐ脇に千田少将の壕が残る。垂直に三メートルの縦坑を降り、七メートルの急勾配の階段を下り、通路の先をまた数メートル降りたところに少将の部屋があった。

壕内は地熱と水蒸気でじっとしていても汗が噴き出す。サウナに近い。

実は硫黄島自体が活きている火山で、滑走路には噴出するガスを逃がす管が走り、間近に噴煙と熱水を噴き出す火口が望める。火山活動のため、島は年に一メートル近い隆起を続けている。

別府温泉の地獄池の脇に地下壕を掘ったようなもので、千田壕では二年前、硫化水素が漏出して陸自の佐官が死亡している。

栗林中将の壕も同じような熱気がこもる。正直、数時間でも耐えられるかどうかという感じだった。

しかし二万一千人の将兵は米軍の予想を超えて一か月以上もここに拠って米軍を叩き続けた。

飲み水もない、死に勝る苦痛に耐えて全将兵がなぜ戦い続けたのか。

その理由を栗林中将が家族宛ての手紙に書き送っている。「ここを一日長く持たせれば(将兵の)家族が殺される日が一日先送りされる」

米国の戦法はインディアン討伐が原型だ。まず滅ぼす相手の糧道を断つ。それでバイソンを皆殺しにした。戦士が決起すると、それを避けて銃後の家族の方を襲って殺した。

米国のフィリピン制圧も同じ手法だ。植民地支配に抵抗するアギナルド軍二万将兵とは戦わず、彼らの故郷の田畑を焼き払い、彼らの妻子二十万人を殺した。

対日戦でもまず、屑鉄石油の禁輸で糧道を断ち、日本が決起すると、兵士の待つ戦場を飛び越えて日本本土をひたすら爆撃した。

ただ、爆撃するB29はテニアン辺りから飛んだ。硫黄島からもう一千キロ南だ。直掩(ちょくえん)するP51ムスタングの航続距離の外側になる。

B29は裸で日本に飛んだ。絶対落ちない「空飛ぶ要塞B17」は大戦劈頭に零戦にあっさり落とされた。もっと無敵にした「超空飛ぶ要塞B29」も屠竜や紫電改にばたばた落とされた。

百二十機が迎撃機に撃墜され、地上砲火を入れると四百機近くがやられた。

B29を守る直掩戦闘機を飛ばすにはどうしても硫黄島が必要だった。

言い換えれば、ここが落ちれば直掩機を伴ったB29が好きに日本を焦土にできる。硫黄島守備隊はだから飲み水もない蒸し風呂壕に拠って一日でも長く戦い続けた。

米軍はその壕に燐とガソリンを流し込んで兵士を焼き殺し、今の滑走路をその上につくった。二万将兵の半分がその下に眠る。

天皇、皇后両陛下がそんな壕の一つを慰霊されたのは平成六年のことだ。それまで海自の宿舎に夜毎、兵士の叫び声や靴音が聞こえた。両陛下の慰霊のあと、それはぴたり止んだ。

先日、社民党の照屋某らが普天間の追っ払い先にならないかと視察に来た。

彼らはここが活きた火山島で、かつての戦場だったことを初めて知ってこりゃだめだとさっさと帰って行った。

照屋らが壕を慰霊したとは聞いていない。輿石の推す教科書にはそんな歴史も作法も載っていないからだ。

(変見自在 サンデルよ、「正義」を教えよう P79-P82、初出 週刊新潮 二〇一〇年四月八日号)



ソース: 花うさぎの「世界は腹黒い」2
[高山正之氏が「硫黄島玉砕戦」を書くと…]
http://hanausagi2.iza.ne.jp/blog/entry/2453742/


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Link: ブログテーマ 「日本人が知らない シリーズ」
http://ochimusya.at.webry.info/theme/57295fd580.html



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