軍事情勢レポート5 第三部 中共の侵略の歴史

『中華人民共和国の野望と日本の未来』と題した、黒井氏による最新レポートの第5弾、第三部です。

今回は、支那、中共の侵略の歴史に関する内容です。



ソース: 戦後レジーム脱却サポーターズ
『中華人民共和国の野望と日本の未来』
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『中華人民共和国の野望と日本の未来』      (軍事研究家 / 黒井執斗)

第三部

「敵を知り己を知れば百戦殆うからず」の「敵」は中国です。

そして毎度のことではありますが、時は一旦20世紀半ばへと遡ります。

1937年(昭和12年)、北京郊外の盧溝橋で大日本帝国軍と中華民国国民党軍が衝突した盧溝橋事件をトリガーとして、両国は長期的かつ大規模な戦闘状態へと突入します。

これが支那事変(日中戦争)ですが、「事変」と呼称されていたのは両国共に宣戦布告を行わなかった為です。その理由として、アメリカ国内法にあった中立法(戦争状態にある外国には軍事支援を行わない)の適用を避ける意図がありました。

大日本帝国側にとっては国際的孤立を避ける意図が、中華民国側にとってはアメリカを含む西欧列強の支援無しには戦闘を継続できないという事情があったわけです。

では、この支那事変(日中戦争)が始まる前の中華民国は平和だったのかといえば、決してそうではありません。列強国に領土を食い荒らされつつ、自らも国内内戦を繰り広げていました。

中華民国の政権を握る国民党の軍隊である国府海軍(海軍)及び国民革命軍(陸軍)と、中国共産党の軍隊である人民解放軍(陸軍)の戦いです。この内戦は支那事変 (日中戦争)の開始によって一旦解消し、国民党と中国共産党は共同して大日本帝国との戦闘を行うこととなります。

この戦いは1941年(昭和16年)になって国民党を率いる蒋介石が宣戦布告をしたことによって事変から戦争へとエスカレートし、大日本帝国はこれを大東亜戦争の一部として戦うことになります。

しかし中華民国側は決して一枚岩ではなく、友軍であるはずの国民革命軍と人民解放軍の間でも散発的な戦闘が行われました。

そして、矢面に立って戦っていたのは主に政権を握る国民党であり、毛沢東率いる中国共産党は大陸奥地に引きながら、ゲリラ戦を行うようになります。

大陸側と太平洋側に戦線を広げすぎた大日本帝国の戦略はさすがに無理があり、長期間に渡ってそれを維持するのは厳しく、対米早期講和のチャンスも見いだせませんでした。

やがてアメリカの圧倒的な物量の前に太平洋戦線は後退を余儀なくされ、末期には数々の玉砕戦が行われ、遂には1945年(昭和20年)の沖縄戦と原爆投下によって降伏、大陸においても満州国の降伏をもって戦闘終結となりました。

決して自力で勝ち取った勝利ではありませんでしたが、中華民国は戦勝国の一員として国連安保理常任理事国の座を得ます。これはドイツ帝国にやられ放題であったフランスと合わせ、「酷い目に遭ったで賞」のようなものでしょう。

そして翌年の1946年(昭和21年)には再び国内内戦が勃発、政権を持つ国民党はアメリカの援助を受け、中国共産党は満州を占領したソ連の援助を受けて戦いましたが、中国共産党はそれに加えて大日本帝国軍から鹵獲した大量の新鋭兵器を使って戦いを優位に進めます。

やがてソ連の対米工作もあり、アメリカ内部に親中国共産党の一派が勢いを増し、国民党への援助は打ち切られてしまいます。

国民党は敗戦を重ねて首都南京が陥落、1949年(昭和24年)には中華民国は実質的に消滅し、蒋介石率いる国民党と軍は台湾島へと敗走、同年10月に中国共産党一党支配による中華人民共和国(以下省略時『中共』)が建国されます。

そして翌年の1950年(昭和25年)には、台湾島へと逃れた蒋介石率いる国民党が台湾国民政府を作り、中華民国を名乗る事となります。

さて、既にお気づきかと思いますが、大変重要な変化が起こっています。

つまり、1949年(昭和24年)を境として、我々が普段何気なく「中国」と呼んでいる国の政府、つまり支配者がすっかり入れ替わってしまっています。

自由主義陣営であるアメリカ・イギリスの支援を受けていた国民党から、共産主義陣営ソ連の援助を受けていた中国共産党へ。これは全くの対極であり、水と油の関係とも言えるでしょう。

そして我々が今現在、大いなる脅威だと警戒している中華人民共和国は、たった63年の歴史しかない国であり、その短期間に力を付けてきた事になります。

そして国連安保理常任理事国の座は、国民党率いる中華民国が大日本帝国と戦って得たものです。よって極端な見方をすれば、その地位は中国共産党率いる中華人民共和国のものでは無く、台湾にこそそれを得る資格があるとも言えます。

さて、中国共産党は決して精強とは言えない陸軍しか持たない組織でしたが、鹵獲した大日本帝国軍の大量の新鋭兵器を用いて国民党軍を打ち破りました。その経験により、彼らは優れた兵器を大量に保有すれば、限りなく領土を広げていけると考えるようになります。

国民党の保有していた近代的な海軍艦艇を鹵獲し、大日本帝国海軍に残された戦闘艦艇及び鹵獲されていたソ連艦艇を戦時賠償として接収し、イギリス・アメリカ・カナダから供与艦艇を取得し、ソ連からは大量の各種兵器援助を受け、建国直後から軍拡へと突っ走り、建国翌年の1950年(昭和25年)には戦闘艦28隻を保有するに至ります。

それではここで、中共の周辺国侵略行為の歴史を見てみましょう。

■1948年(昭和23年)から侵攻を開始していたチベットは1951年(昭和26年)には中共が併合し、チベット自治区に。

■1949年(昭和24年)には新疆地区への人民解放軍侵攻により東トルキスタンが消滅。

■1950年(昭和25年)には台湾領方山群島に上陸作戦を実施、5日間の戦闘で方山群島を奪取。

■1954年(昭和29年)には台湾軍が駐屯する大陳島付近の無人島へと上陸、魚雷艇基地や砲撃陣地を建設してこれを占拠。

■1954年(昭和29年)に宗主国であったフランスがベトナムから撤退したのを見計らい、まずは西沙諸島の東半分を占領。ベトナム戦争中の1974年(昭和49年)には更に西半分へと侵攻、1988年(昭和63年)の侵攻では遂に西沙諸島全体の占拠に成功。

■1959年(昭和34年)から1962年(昭和37年)までの激しい戦闘において、インドのアクサイチン地区を占領。友好国パキスタンを支援しつつ、今なおカシミール地方への侵攻を継続。

■1995年(平成7年)にはフィリピンが領有する南沙諸島のミスチーフ礁へ侵攻し、台風期で警戒が手薄になっていたフィリピン側の隙を突いて建造物を構築して占拠に成功。

■2004年(平成16年)にはブータン北西部の領土に人民解放軍が侵入、じわじわと侵攻して2006年(平成18年)時点ではブータン国土の約20%を占拠。

抜けがあって全てを網羅できていないかとは思いますが、こうして箇条書きにしてみると、建国直後から方々で侵略行為を繰り返し、武力行使や武力威圧を背景にして領土を広げてきたことがわかります。

建国以来63年という短い歴史は、軍拡と侵略戦争に明け暮れた歴史なのです。そして自ずと、人民解放軍の戦闘経験はそれなりにあるとも言えます。

彼らはこれら一連の領土拡張により、国際社会が軍事介入や経済制裁をして来ない事を確認し、更に自信を深めて覇権主義への道を突き進む事になります。

また、拒否権を持つ国連安保理常任理事国の座にいることが、それを更に助長しているのも事実でしょう。

地図を御確認頂ければわかりますが、中共は世界で最も多くの国境を持つ国です。

モンゴル、ロシア、北朝鮮、ベトナム、タイ、ラオス、ミャンマー、ネパール、ブータン、バングラデシュ、インド、パキスタン、アフガニスタン、タジキスタン、キルギス、カザフスタン、の16ヵ国と国境を接しています。

そして、海を隔てた隣国として、日本、韓国、台湾、フィリピン、ブルネイ、マレーシア、インドネシア、の7ヵ国があります。
彼らがいつ、どの国に侵攻を開始しても不思議はないわけです。

そしてこれまでは姑息な手段を含め、主に軍事力に劣る国々から領土を奪ってきたわけですが、尖閣諸島を巡る攻防では日本という海洋強国を相手に挑む姿勢を見せています。これは海洋覇権国家としての海軍力が整いつつあり、太平洋への進出を開始しようとしていることの証左でしょう。

では次に、軍隊や兵器の発展がどのようになされてきたかです。

建国当時の中国共産党と人民解放軍にとって一番問題だったのは、空軍と海軍を保有していない(経験がない)事でした。また唯一保有する陸軍も実体はゲリラ軍でしかなく、その戦闘能力は決して高くありませんでした。

それを全面的に支援したのがソ連です。戦闘機や爆撃機、そして艦船や核技術と様々な供与が実施され、人民解放軍は力を付けていきます。両国のイデオロギーの食い違いから一時的に関係が中断することもありましたが、初期の人民解放軍がソ連によって育てられたのは間違いありません。

しかし、中共が力を付けるにつれ、国境を巡る摩擦や対立が深まり、遂に1969年(昭和44年)に武力衝突が勃発します。

極東の両国国境であるウスリー川流域にある小島、ダマンスキー島に上陸した人民解放軍はソ連国境軍(KGB指揮下の武装警備隊:非軍隊)を攻撃、約5000人規模の兵力を投入してのにらみ合いが続きます。

正規軍同士の直接交戦に至る事を避けようとしたソ連は国境軍による排除を試みますが惨敗。最終的には軍を投入してこれを排除します。

しかしそれ以降も多くの国境で衝突が相次ぎ、核を含む中ソ全面戦争の危機にまで発展しました。

中ソの蜜月が明確な終わりを見せると、同じくソ連を仮想敵国とする米中は急速に接近し、1972年(昭和47年)には米中国交正常化を果たします。それまで米国が正当な中国政府と認めていたのは台湾の国民党政府でしたから、この時を境にアメリカは台湾を見捨てたとも言えるでしょう。

その結果として中共が得たものは、アメリカを筆頭とする西側諸国の先端軍事技術です。アメリカのレーダー、ドイツの戦車用パワーパック(エンジンとミッション)、フランスのヘリコプターと対戦車及び対空ミサイル、イタリアの魚雷、等々というようにソ連製兵器と西側兵器・技術が合わさり、軍事力は大きく向上しました。

しかし1989年(昭和64年)に天安門事件が起こり、西側諸国との関係は一旦絶たれます。

これに代わって国境での緊張緩和を目指したソ連との関係が再度深まり、ソ連製(ロシア製)兵器の導入が盛り返します。

この傾向は今も続いているわけですが、中共のやりたい放題な兵器コピーに対してロシアは神経質になっており、以前のような蜜月関係ではありません。

長きに渡って援助各国の兵器コピーを続けていた中共のコピー能力は高くなり、他の国であれば慎重に吟味・検討して進めるところを、「とりあえず作って運用し、ダメなら作り直せばいい」という方針により、コピーを含む兵器の開発速度にも目を見張るものがあります。

そして最近ではロシア極東における中国系移民の急増が問題になっていますが、中共は「極東の中国領150万平方キロが、不平等条約によって帝政ロシアに奪われた」との記述を歴史教科書に記載し始めています。つまりこれは近い将来に奪い取るぞ、との宣言と受け取れます。

かつてソ連の立場は遙かに上だったわけですが、今や中共のGDPは日本を少し上回る世界第2位であり、ロシアのGDPはその約1/4しかありません。軍事技術はともかく、国力の指標である経済のパワーバランスは完全に逆転してしまっています。

つい先日の、新鋭機たるSu-35戦闘機売却やラダ型潜水艦売却の話を考えれば、ロシアはコピーされても仕方無しと諦め、札束で頬を叩かれている状態とも言えます。

さて、こうして見てくると、世界の主流が帝国主義だった時代からタイムスリップしてきたような中共は、決して同じ共産主義陣営であったソ連だけが育てたのではなく、アメリカを筆頭とする西側自由主義陣営各国までもが手を貸してしまった結果として生まれた巨大侵略国家だと言えるでしょう。

そして、自虐史観に基づく土下座外交の一環として巨額のODAを垂れ流し続けている日本もまた同罪であり、中共を押さえ込む為のパワーバランス維持に責任を持たなくてはなりません。 ≪つづく≫


軍事情勢レポート5 第一部 中共の野望
http://ochimusya.at.webry.info/201305/article_8.html

軍事情勢レポート5 第二部 韓国の軍事力
http://ochimusya.at.webry.info/201305/article_9.html

軍事情勢レポート5 第四部 中共海軍の軍事力
http://ochimusya.at.webry.info/201306/article_2.html


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Link:

対中包囲網構築への道
http://ochimusya.at.webry.info/201305/article_1.html

軍事情勢レポート4 空軍力~防衛産業~朝鮮半島
http://ochimusya.at.webry.info/201305/article_2.html

軍事情勢レポート3 核の拡散と日本の決断
http://ochimusya.at.webry.info/201303/article_5.html

軍事情勢レポート2 開戦前夜は近し
http://ochimusya.at.webry.info/201302/article_9.html

軍事情勢レポート1 牙を剥く中国と暴走する北朝鮮
http://ochimusya.at.webry.info/201302/article_1.html

世界平和に貢献する日本の核武装
http://ochimusya.at.webry.info/201206/article_13.html

戦争の大義とは何か Part1
http://ochimusya.at.webry.info/201209/article_2.html

戦争の大義とは何か Part2
http://ochimusya.at.webry.info/201209/article_3.html

国防アレルギーは滅亡への道 Part1
http://ochimusya.at.webry.info/201107/article_11.html

国防アレルギーは滅亡への道 Part2
http://ochimusya.at.webry.info/201108/article_1.html

テーマ「日本人が知らない シリーズ」のブログ記事
http://ochimusya.at.webry.info/theme/57295fd580.html



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